2012年05月17日
マニ車
マニ車

マニ車はその内部に印刷した経文を納めてある。
大きさは大きなものでは人の背丈より大きく、小さなものでは小指の太さ程度のものまで様々なものがある
円筒状の形をしている。
この筒を1回転させると,内部の経文を1回読誦したのと同じ功徳が得られるとされている。
ブータン・チベット・ネパールなどの宗教建築物の周りには殆どの場合このマニ車が作られている。

マニ車に巻かれている経文「スン」の中身は様々であるが、大多数は
真言「オムマニペメフム(観音菩薩の真言)」である。

「オムマニペメフム」が何千回、何万回と繰り返し書かれており、その分量はマニ車の大きさによって異なる。
時には、「オムマニペメフム」の他、パドマサンババ(蓮華生)、ジャムペーヤン(文殊菩薩)、ドルマ(ターラ菩薩)などの真言もみられるようである。

下は今回ブータンで見つけたお土産用のマニ車、なんとソーラーにより回ります。
現在も毎日晴れた日は私の診療室で回ってくれています。
エコだし、きっと観音菩薩様のご加護があるんではないかと思っています。

マニ車はその内部に印刷した経文を納めてある。
大きさは大きなものでは人の背丈より大きく、小さなものでは小指の太さ程度のものまで様々なものがある
円筒状の形をしている。
この筒を1回転させると,内部の経文を1回読誦したのと同じ功徳が得られるとされている。
ブータン・チベット・ネパールなどの宗教建築物の周りには殆どの場合このマニ車が作られている。

マニ車に巻かれている経文「スン」の中身は様々であるが、大多数は
真言「オムマニペメフム(観音菩薩の真言)」である。

「オムマニペメフム」が何千回、何万回と繰り返し書かれており、その分量はマニ車の大きさによって異なる。
時には、「オムマニペメフム」の他、パドマサンババ(蓮華生)、ジャムペーヤン(文殊菩薩)、ドルマ(ターラ菩薩)などの真言もみられるようである。

下は今回ブータンで見つけたお土産用のマニ車、なんとソーラーにより回ります。
現在も毎日晴れた日は私の診療室で回ってくれています。
エコだし、きっと観音菩薩様のご加護があるんではないかと思っています。
2012年05月11日
トラの穴
タクツアン僧院

今回のブータンツアーでの私の一番の目的はタクツアン僧院 に行くことでした。
10年位前にこの僧院の写真を一目見ただけで、そのエネルギーレベルの高さにひかれ、絶対に行こうと決めていました。
ところが、当時は(友人のU氏の影響もあり)1年間で戸外を歩く距離は多分3kmくらいのものでした.(インド修行時代の影響で膝も腰も、足の親指も完全に壊れていましたが・・・)
このツアーが決定した後、付け焼き刃で歩く練習をこっそり始めましたが、なれないことをしたため(それまで1ヶ月で10分くらいしか歩いたことのない人間が、いきなり1日2時間くらい歩くのですから、・・しかも夜、それでも,50kmくらいは歩きましたが)いっそう膝を痛めました。
ブータン人の信仰の最も熱烈な対象となるのが、ブータンに仏教を広めたと伝えられるパドマサンババです。
パドマサンババは8世紀ごろインドからトラの背に乗りこの地に飛んできたそうです。
彼はこの地で長期間瞑想を行われたそうです。
タクツアンとはトラのねぐらという意味なのです。
この時のトラのねぐらその物がこのタクツアン僧院の山頂にあり、
今回偶然出会ったある高僧がトラの穴の中に入ってよいといってくれたので、穴の中に降りていこうとしたのですが、底の方はどこまであるのかはっきり見えず、やはり空を飛べるトラくらいの能力が必要とされているように思えました。
穴を少し降りたところで足を滑らし、トラの穴の底に落ちそうになったのですぐに引き返しました。
タクツァン僧院とそこにいたる山道は、少し離れて、下から眺めると、屏風のような垂直に500mくらい切り立った岩壁に鎮座していて、とてもそこに近づく道があるようには見えません。

タクツァン僧院本堂に至るには、第1、第2、第3展望台をクリアーしなければなりません。
もちろんトラに乗ってではなく、自らの足で歩くしかありません。(馬とロバを予約できるのですが、なれないものが乗っても、いっそう腰を痛めそうな気がします。)

海抜では、第1展望台付近で2800メートルを超え、最も高いところでは3200メートルを超えます(自己計測ですが)。
通常健脚の人で、往復の全行程は4時間とも5時間とも言われています。
実は、私自身このタクツァン僧院の頂上に、たどりつけるとは思っていませんでした。
実際、今でもそのときの状態は頭の中がボケていてはっきりしませんが、写真に自分が写っているので多分,登って降りてきたのは事実だと思います。
私が奇跡的にこのタクツァン僧院を登って、無事に降りてこられた理由は幾つもあるのですが、
ぞのなかの一番大きな理由は、このタクツァン僧院の桁外れの場の良さ、そしてエネルギーんの高さだとおもいます。
そのエネルギー転換ポイントは少なくとも、4箇所はあるのですが、その中でも特に強力に疲れが飛んでしまい、元気になる場所が調度3000mくらいの地点にあります。
ここは、少なくとも我々のメンバー全員が感知できました。

このエネルギーなら多分病気直しにも役立つと思われますので、時間が出来たら分析してみようと思っています。

今回のブータンツアーでの私の一番の目的はタクツアン僧院 に行くことでした。
10年位前にこの僧院の写真を一目見ただけで、そのエネルギーレベルの高さにひかれ、絶対に行こうと決めていました。
ところが、当時は(友人のU氏の影響もあり)1年間で戸外を歩く距離は多分3kmくらいのものでした.(インド修行時代の影響で膝も腰も、足の親指も完全に壊れていましたが・・・)
このツアーが決定した後、付け焼き刃で歩く練習をこっそり始めましたが、なれないことをしたため(それまで1ヶ月で10分くらいしか歩いたことのない人間が、いきなり1日2時間くらい歩くのですから、・・しかも夜、それでも,50kmくらいは歩きましたが)いっそう膝を痛めました。
ブータン人の信仰の最も熱烈な対象となるのが、ブータンに仏教を広めたと伝えられるパドマサンババです。

パドマサンババは8世紀ごろインドからトラの背に乗りこの地に飛んできたそうです。
彼はこの地で長期間瞑想を行われたそうです。
タクツアンとはトラのねぐらという意味なのです。
この時のトラのねぐらその物がこのタクツアン僧院の山頂にあり、
今回偶然出会ったある高僧がトラの穴の中に入ってよいといってくれたので、穴の中に降りていこうとしたのですが、底の方はどこまであるのかはっきり見えず、やはり空を飛べるトラくらいの能力が必要とされているように思えました。
穴を少し降りたところで足を滑らし、トラの穴の底に落ちそうになったのですぐに引き返しました。
タクツァン僧院とそこにいたる山道は、少し離れて、下から眺めると、屏風のような垂直に500mくらい切り立った岩壁に鎮座していて、とてもそこに近づく道があるようには見えません。

タクツァン僧院本堂に至るには、第1、第2、第3展望台をクリアーしなければなりません。
もちろんトラに乗ってではなく、自らの足で歩くしかありません。(馬とロバを予約できるのですが、なれないものが乗っても、いっそう腰を痛めそうな気がします。)

海抜では、第1展望台付近で2800メートルを超え、最も高いところでは3200メートルを超えます(自己計測ですが)。
通常健脚の人で、往復の全行程は4時間とも5時間とも言われています。
実は、私自身このタクツァン僧院の頂上に、たどりつけるとは思っていませんでした。
実際、今でもそのときの状態は頭の中がボケていてはっきりしませんが、写真に自分が写っているので多分,登って降りてきたのは事実だと思います。
私が奇跡的にこのタクツァン僧院を登って、無事に降りてこられた理由は幾つもあるのですが、
ぞのなかの一番大きな理由は、このタクツァン僧院の桁外れの場の良さ、そしてエネルギーんの高さだとおもいます。
そのエネルギー転換ポイントは少なくとも、4箇所はあるのですが、その中でも特に強力に疲れが飛んでしまい、元気になる場所が調度3000mくらいの地点にあります。
ここは、少なくとも我々のメンバー全員が感知できました。

このエネルギーなら多分病気直しにも役立つと思われますので、時間が出来たら分析してみようと思っています。
2012年05月08日
帰ってきましたー
ゴールデンウイークを全て使い、先ほどブータンから(5月8日8時、中部国際空港)帰ってきました。
10年くらい前から企画しつつ、実現しなかったのですが、行ってみると予想以上に学ぶことが多くありました。
徐々にブログ上に発表させていただきます。
10年くらい前から企画しつつ、実現しなかったのですが、行ってみると予想以上に学ぶことが多くありました。
徐々にブログ上に発表させていただきます。
2012年04月28日
今回はマニアックです・ゆっくりお読みください
クリヤー・ヨーガ(過去何度も同じタイトルで掲載しています)

クリヤー・ヨーガはパラマハンサ・ヨーガーナンダが伝えたヨーガとしてあまりにも有名です。
パラマハンサヨーガナンダの師匠の系列をたどると、スリユクテスワ・ラヒリマハサヤ・・・・・そのずっと先で、ババジにいたります。
さらにさかのぼると・聖者アガスティアに辿り着きます・聖者アガスティアは医聖としても有名です。
クリヤー・ヨーガは本来
1、 タパス(苦行)
2、 スワーディヤーヤ(学習)
3、 イーシュワラ・プラニダーナ(自在神祈念)
の3つをひとまとめにして呼んだ語で三昧追求と煩悩を弱めることを目的としています。
インドのこの会派では伝統的に行為(カルマ)を・身による行為・口による行為・意による行為の3つに分類します。・・・
ヨーガ・スートラのアシュターンガ体系では
1タパス(苦行)・・・肉体行
2、スワーディヤーヤ(学習)・・・ヴェーダの学習・・聖典を口ずさむこと
3、イーシュワラ・プラニダーナ(自在神祈念)・・神を観想すること
を対照としています。
そしてそれぞれを行った功徳として
1、 タパスには不浄が破壊されるがゆえに、身体と感官のシッデイが生じる。
2、 イシュダ・デーヴァター(お気に入りの神、個人的な守護神)と交わることが出来る
3、 サマーディが成就する
ということをあげています。
ヨーガのバイブルヨーガスートラではこれらの3つは一見別々の行為であったのですが、密教の時代に入ると3つが同時に行われるようになりました。
日本の真言密教で言われる。加持祈祷は、密教の初期におけるクリヤーヨーガと同じです。
加持祈祷は、祈りにより如来―宇宙に遍満する真実の力を人間の上に加え、行者がそれをしっかり受け止め
て保つことで不可思議な効果が現れます。
実際には身・口・意出の行法を一つにして行う三密行なのです。
追、三密行は業界では、一応関係者以外には公表しません。ご興味のある方は個人的にお尋ねください。
( パラマハンサ・ヨガナンダは
「クリヤヨガを1日に8時間半で1000回行ったとすると、この1日は自然の進化の1000年に相当する。これを1年間続けると、36万5千年に相当する進化が遂げられる。
こうしてクリヤヨーギーは自然が100万年かかってもたらす効果をわずか3年で達成する。
クリヤの初心者は、毎日朝と晩の2回それぞれ14回ないし24回のクリヤを行うだけである。多くのヨーギーが6年、12年、24年、48年で解脱を達成している。
クリヤは誰にでも出来る簡単な技法である。直接生命力を制御することにより心を制御するクリヤは科学的、合理的であり神に近づくための最も容易で能率的な方法である。
熟練したクリヤヨーギーの生活は、過去のカルマに影響されることなく、ただ魂の指令のみによって導かれる。こうして彼は一般人たちの自我意識が行う善悪の行為を監視している進化の警告者(カルマの法則)の干渉を回避する」
とのべています)


クリヤー・ヨーガはパラマハンサ・ヨーガーナンダが伝えたヨーガとしてあまりにも有名です。
パラマハンサヨーガナンダの師匠の系列をたどると、スリユクテスワ・ラヒリマハサヤ・・・・・そのずっと先で、ババジにいたります。
さらにさかのぼると・聖者アガスティアに辿り着きます・聖者アガスティアは医聖としても有名です。
クリヤー・ヨーガは本来
1、 タパス(苦行)
2、 スワーディヤーヤ(学習)
3、 イーシュワラ・プラニダーナ(自在神祈念)
の3つをひとまとめにして呼んだ語で三昧追求と煩悩を弱めることを目的としています。
インドのこの会派では伝統的に行為(カルマ)を・身による行為・口による行為・意による行為の3つに分類します。・・・
ヨーガ・スートラのアシュターンガ体系では
1タパス(苦行)・・・肉体行
2、スワーディヤーヤ(学習)・・・ヴェーダの学習・・聖典を口ずさむこと
3、イーシュワラ・プラニダーナ(自在神祈念)・・神を観想すること
を対照としています。
そしてそれぞれを行った功徳として
1、 タパスには不浄が破壊されるがゆえに、身体と感官のシッデイが生じる。
2、 イシュダ・デーヴァター(お気に入りの神、個人的な守護神)と交わることが出来る
3、 サマーディが成就する
ということをあげています。
ヨーガのバイブルヨーガスートラではこれらの3つは一見別々の行為であったのですが、密教の時代に入ると3つが同時に行われるようになりました。
日本の真言密教で言われる。加持祈祷は、密教の初期におけるクリヤーヨーガと同じです。
加持祈祷は、祈りにより如来―宇宙に遍満する真実の力を人間の上に加え、行者がそれをしっかり受け止め
て保つことで不可思議な効果が現れます。
実際には身・口・意出の行法を一つにして行う三密行なのです。
追、三密行は業界では、一応関係者以外には公表しません。ご興味のある方は個人的にお尋ねください。
( パラマハンサ・ヨガナンダは
「クリヤヨガを1日に8時間半で1000回行ったとすると、この1日は自然の進化の1000年に相当する。これを1年間続けると、36万5千年に相当する進化が遂げられる。
こうしてクリヤヨーギーは自然が100万年かかってもたらす効果をわずか3年で達成する。
クリヤの初心者は、毎日朝と晩の2回それぞれ14回ないし24回のクリヤを行うだけである。多くのヨーギーが6年、12年、24年、48年で解脱を達成している。
クリヤは誰にでも出来る簡単な技法である。直接生命力を制御することにより心を制御するクリヤは科学的、合理的であり神に近づくための最も容易で能率的な方法である。
熟練したクリヤヨーギーの生活は、過去のカルマに影響されることなく、ただ魂の指令のみによって導かれる。こうして彼は一般人たちの自我意識が行う善悪の行為を監視している進化の警告者(カルマの法則)の干渉を回避する」
とのべています)

2012年04月16日
アーモンドの花
アーモンドの花
桜の花はほぼ終わってしまいました。
桜の花のつかの間の美しさというか、潔さは大変日本的で、私は個人的には大好きです。
その桜の花が2008年4月に行ったヒマラヤの麓、インドの北・東の果てヒマーチャルプラデッシュ州のとある村で満開でした。

どうしてこんなヒマラヤの麓に桜があるんだろう、と思って地元の方に聞くと、それは桜ではなくアーモンドのでした。
でも、遠目には桜の木にしか見えませんでした。
このあたりの村は、昔からアーモンドを作っている農家が多く、インドにしては結構裕福な地域です。
村のおばさん

アーモンドの花

桜の花

アーモンドの花は桜より長く咲いていますし、毛虫も桜の木ほどはつかないということで私の医院でもためしに植えてみたところ、今年は小さいながらもピンク色の花を咲かせてくれました。
近所で桜が散った今も花が咲いていてくれています。
(ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ)も
花咲くアーモンドの枝という絵画を描いています。やはり存在感がある花なのだと思います。
桜の花はほぼ終わってしまいました。
桜の花のつかの間の美しさというか、潔さは大変日本的で、私は個人的には大好きです。
その桜の花が2008年4月に行ったヒマラヤの麓、インドの北・東の果てヒマーチャルプラデッシュ州のとある村で満開でした。

どうしてこんなヒマラヤの麓に桜があるんだろう、と思って地元の方に聞くと、それは桜ではなくアーモンドのでした。
でも、遠目には桜の木にしか見えませんでした。
このあたりの村は、昔からアーモンドを作っている農家が多く、インドにしては結構裕福な地域です。
村のおばさん

アーモンドの花

桜の花

アーモンドの花は桜より長く咲いていますし、毛虫も桜の木ほどはつかないということで私の医院でもためしに植えてみたところ、今年は小さいながらもピンク色の花を咲かせてくれました。
近所で桜が散った今も花が咲いていてくれています。
(ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ)も
花咲くアーモンドの枝という絵画を描いています。やはり存在感がある花なのだと思います。
2012年04月06日
達人
大相撲歴19年という友達がやってきました(N風)
(今も現役、しかも現在に至るまで休場なしというすごいやつです)。
(もちろん私よりずっと若いのです、体重は私の2,5倍ほどあります)年に何度かマウスピースと歯の調整にやってきてくれます。
いつもは忙しいのであまり話も出来ませんでしたが
今回は時間がありましたので治療の間に、
合気道の達人うえしばもりへい【植芝盛平】翁

(そう表現するだけでは全く不十分なので某百科事典の一部を記載しておきます・・・1883‐1969(明治16‐昭和44)
武術家。和歌山県出身。20歳代前半までに天神真楊流,柳生流等の柔術や銃剣術を学び,武術的資質と強靱な体力を養った。また講道館柔道も学ぶ。1915年に,大東流中興の祖といわれ剣・槍・柔術などに長じていた武田惣角に師事する。20年から綾部の大本教本部に居住し,出口王仁三郎から精神的影響を受けた。その後宝蔵院流槍術,柳生新陰流など剣術の研鑽にも努め,22年には大東流の教授代理を許された。31年ころからしだいに武田を離れ,合気武術,合気武道と称して独立,42年以後合気道と称して戦後これを普及させた。・・・)
・ ・・・のビデオがあったので見てもらいました。
彼いわく、すげー。
・ 私は体育会系全般に関しては全く駄目なのですが、「気」に関してなら治療を通してある程度わかります。
・ 私→合気道は形だって盛平翁は言って、ぽんぽんヒトを投げているけど、実はあれは気の使い方が重要なんだよー。・・・こうやって・・・。
・ さすがに現役格闘家?少し気の流れを説明するとすぐに理解してくれます。(もっとも私の説明は医療気功的ですが)
・ 私が彼を押し返せたのは最初の1~2回程度でした。でも喜んでくれました。
追、
その後7時くらいから食事に行ったのですが友人のS先生を待つのに1時間くらいあったので、食事前の食事をしました。
お酒を飲みながら1時間と少し・・・彼はは私の3~4倍は食べています。・・・S先生が来たのでお店を変えました。
なじみの居酒屋でしたのでS先生が次から次へと食べ物を注文します。
おかみさんは知り合いですのでコメントもそのままです。・・凄いわねー、全メニュー食べられそうねー。

こっそり彼に聞いてみます・・・ひょっとして、さっきセーブしてたー?
・・・はいー。
私が出てきた料理を一つまみする間に・・残りの部分は全て彼のお腹の中に消えていきます。
・・・・・女将さんが、今日は大入りだわー・・(我々以外にはもう一組しかいません)
うーん、これはこれですげー。
2012年03月30日
激辛料理
激辛料理

今年は縁ある仲間を連れてブータンに行く予定です(期日はまだ秘密です)。
」
先日、ブータン国王が来日されてブータンが有名になったからではありません・10年くらい前から行こうと思って機会を検討していたのですがインドや、その他の企画が忙しく実現しませんでした。
まだ行ったことのない国なので、いろいろな下調べをしていますが
、食べ物に関して若干の不安があります。
私はインド暦も長く、辛い食べ物は平気なのですが、ブータンの食事は結構、激辛のようです。
ブータンはヒマラヤ山脈の斜面に存する、上は7000メートル超え、下は300メートル・・・という国です。
チベットもそうですがその土地で収穫できるものを主食として食するしかありません。(ちなみにチベットは、大麦・ヤク牛のミルク、やバターを使った・ツァンパが主食です)
激辛になる理由は・・・ブータンでは収穫できる唐辛子を大量に食するようなのですが、唐辛子はブータンでは香辛料という感覚ではなく、野菜という扱いなのだそうです。・・・うーん。

と、言うことで私なりに知っている辛い食べ物対策を述べておきます。
ちなみに私は辛いものは結構平気ですし、最悪の場合は突然断食に入り、2週間くらいすごすのも結構平気です。
辛い食べ物対策、
しょうゆをかける。
マヨネーズをかける
ヨーグルトと一緒に食べる
ココナッツミルクをかける
牛乳を飲みながらたべる
・・などです。
・ もっといろいろあるかもしれませんがもしご存知の方は教えてください。
でも、私はこれらの手を表技で使ったことはありません。なぜならそれぞれの国で料理を作ってくれた方への気持ちに敬意を顕すためです。彼ら、もしくは彼女たちは常に我々に配慮をしながら調理をしてくれます。その気持ちを感ずると、出してくれた料理に無神経にドバドバ醤油をかけるわけにはいきません。
同行するメンバーの方たちはどうか、こっそり醤油を使ってくださいね。

2012年03月26日
源氏名
インドの聖者?(聖者ばかりではありませんが)を訪れると、稀にホーリーネームをつけてもらえることがあります。
ある時南インドの聖者のアシュラムで合宿をして何日目かの時、ホーリーネームをつけていただきました。

アイヤッパン
魔神を滅ぼす英雄神。
ひざにヨーガパッタ(ヨーガの補助具)を巻き、蹲踞の姿勢をとっている。アイエーナール、ダルマシャスタとも呼ばれ、幼名はマニカンタ。シヴァとヴィシュヌ両神から生まれたという素晴らしい出自を持つ。
●性別:男性神
●仕事:民衆に恩恵を与え、病気を直してくれると、古くから信仰を集めている。カリユガを救う神とされる。
●装身具:ヨーガパッタ、金のベル
●乗物:トラ
●住所:ケーララ州 シャバリの丘
●父:シヴァ
●母:モーヒニ(ヴィシュヌの化身)
乳海攪拌と言うインドの天地創造神話。

昔々、神様達は不死ではありませんでした。神々の住む天界は、アスラ達に荒らされ、
神々は、困っていました。
神々は、世界に平和を取り戻すために話し合いましたが、最後は、ヴィシュヌ神の提案に従う事にしました。
ヴィシュヌ神が神々に指示を出します。
世界に平和を取り戻すためには、我々(神々)が、不死の聖水アムリタを飲んで、
不死身になるしかない!!
その為には、
(1) 世界中から雪蓮や薬効に優れた薬草を集める。
(2) 次はその種子を集める。
(3) それら全てを大海に投げ入れる。
(4) 大地から引き抜いたマンダラ山に、ヴァスキ龍を巻きつけ、
それを交互に引っ張る事で、海がミルク色になるまで攪拌する。
と言うものでした。
こうして、ヴィシュヌ神の指示通りに、ヴァスキ龍の片方(尻尾)を神々が、もう片方(頭)をアスラ達が引っ張って、
海は攪拌されました。
そのうちに、マンダラ山に住んでいた生き物は死に、
植物の樹液が海水に混じり、大海は乳白色になりました。
それでもなお、乳海を攪拌し続けると、乳海からいろいろな物が誕生しました。
聖牛スラビ、
酒の女神バルニー、
宝樹パーリジャータ、
幸運の女神ラクシュミーが出現し、
最後にダヌヴァンタリ神が、白い壷に不死の霊薬アムリタを盛って現れました。
そのとき、ヴァスキ龍は苦痛に耐えられなくなり、口から世界を焼き尽くす猛毒を吐き出しました。
そのときシヴァ神が、その毒が世界に広がらないうちに全て飲み干しました。
毒がシヴァ神の喉に入った瞬間、
妻のパールヴァティー女神がシヴァの首を絞めたので、毒はシヴァ神の身体に入らず喉で止まりました。
そしてシヴァ神の喉は毒のせいで青くなってしまいました。
(そのためシヴァ神はニーラカンタ(青い喉)と呼ばれるようになりました。)
神々は猛毒の脅威からは逃れましたが、更なる試練が彼らを襲います。
アスラ達がアムリタを奪おうとしました。
ヴィシュヌは、美女(モーヒニー)の姿に化身し、
アスラ達を誘惑します。
その隙に神々はアムリタを飲んで不死の肉体を得ました。
ところが、お話はここでは終わりません。
ヴィシュヌ神はアスラの欲望を振り切り、逃げ惑っていました。
そこにシヴァ神が現れたのです。
シヴァ神は、その美しい女性がヴィシュヌ神であるとは知らず、
欲情して、交わりました。
こうして、ヴィシュヌ神は子供を産みました。
そして、その男の子をアイヤッパンと名付けました。
と言うお話です。
・ ・・というお話なのですが、わたしがさる聖者につけていただいた名は・・・
マニカンタというアイヤッパンの幼少の頃の名前です。
この名前は日本では殆ど知られていません。
さすが、そのインド聖者は、深い部分まで配慮されて私に名前をつけていただいたのだと思います。
ある時南インドの聖者のアシュラムで合宿をして何日目かの時、ホーリーネームをつけていただきました。

アイヤッパン
魔神を滅ぼす英雄神。
ひざにヨーガパッタ(ヨーガの補助具)を巻き、蹲踞の姿勢をとっている。アイエーナール、ダルマシャスタとも呼ばれ、幼名はマニカンタ。シヴァとヴィシュヌ両神から生まれたという素晴らしい出自を持つ。
●性別:男性神
●仕事:民衆に恩恵を与え、病気を直してくれると、古くから信仰を集めている。カリユガを救う神とされる。
●装身具:ヨーガパッタ、金のベル
●乗物:トラ
●住所:ケーララ州 シャバリの丘
●父:シヴァ
●母:モーヒニ(ヴィシュヌの化身)
乳海攪拌と言うインドの天地創造神話。

昔々、神様達は不死ではありませんでした。神々の住む天界は、アスラ達に荒らされ、
神々は、困っていました。
神々は、世界に平和を取り戻すために話し合いましたが、最後は、ヴィシュヌ神の提案に従う事にしました。
ヴィシュヌ神が神々に指示を出します。
世界に平和を取り戻すためには、我々(神々)が、不死の聖水アムリタを飲んで、
不死身になるしかない!!
その為には、
(1) 世界中から雪蓮や薬効に優れた薬草を集める。
(2) 次はその種子を集める。
(3) それら全てを大海に投げ入れる。
(4) 大地から引き抜いたマンダラ山に、ヴァスキ龍を巻きつけ、
それを交互に引っ張る事で、海がミルク色になるまで攪拌する。
と言うものでした。
こうして、ヴィシュヌ神の指示通りに、ヴァスキ龍の片方(尻尾)を神々が、もう片方(頭)をアスラ達が引っ張って、
海は攪拌されました。
そのうちに、マンダラ山に住んでいた生き物は死に、
植物の樹液が海水に混じり、大海は乳白色になりました。
それでもなお、乳海を攪拌し続けると、乳海からいろいろな物が誕生しました。
聖牛スラビ、
酒の女神バルニー、
宝樹パーリジャータ、
幸運の女神ラクシュミーが出現し、
最後にダヌヴァンタリ神が、白い壷に不死の霊薬アムリタを盛って現れました。
そのとき、ヴァスキ龍は苦痛に耐えられなくなり、口から世界を焼き尽くす猛毒を吐き出しました。
そのときシヴァ神が、その毒が世界に広がらないうちに全て飲み干しました。
毒がシヴァ神の喉に入った瞬間、
妻のパールヴァティー女神がシヴァの首を絞めたので、毒はシヴァ神の身体に入らず喉で止まりました。
そしてシヴァ神の喉は毒のせいで青くなってしまいました。
(そのためシヴァ神はニーラカンタ(青い喉)と呼ばれるようになりました。)
神々は猛毒の脅威からは逃れましたが、更なる試練が彼らを襲います。
アスラ達がアムリタを奪おうとしました。
ヴィシュヌは、美女(モーヒニー)の姿に化身し、
アスラ達を誘惑します。
その隙に神々はアムリタを飲んで不死の肉体を得ました。
ところが、お話はここでは終わりません。
ヴィシュヌ神はアスラの欲望を振り切り、逃げ惑っていました。
そこにシヴァ神が現れたのです。
シヴァ神は、その美しい女性がヴィシュヌ神であるとは知らず、
欲情して、交わりました。
こうして、ヴィシュヌ神は子供を産みました。
そして、その男の子をアイヤッパンと名付けました。
と言うお話です。
・ ・・というお話なのですが、わたしがさる聖者につけていただいた名は・・・
マニカンタというアイヤッパンの幼少の頃の名前です。
この名前は日本では殆ど知られていません。
さすが、そのインド聖者は、深い部分まで配慮されて私に名前をつけていただいたのだと思います。
2012年03月18日
群盲撫象
群盲撫象
6人の息子を持つ、ある象使いがいました。しかしその息子たちは、みな目が見えませんでした。

ある時、象使いは息子たちに象を洗う仕事を言いつけたのですが、息子たちはその仕事を終えると、象とはいったいどのような動物なのかと議論を始めました。
「簡単だよ、象とは2本の大きな骨だよ」と、一人が言いました。その子は象の牙を洗ったのです。
「どうしてそんなことが言えるの」と別の子が異議を唱えて「象とは太いロープのようなものだよ」と言いました。その子は象の鼻を洗ったのです。
3人目の子は象とは一組の大きなうちわのようなものだと言い張りました。その子は耳を洗ったのです。
4人目の子は、象は4本の柱のようだといいました。足を洗ったからです。
5人目の子は象の横腹を洗いました。その子は息をする壁だと表現しました。
最後の6人目の子は大声で「みんな馬鹿にしないで、触ったのだから僕にはわかっているよ。象とは宙に垂れ下がっている紐のようなものだよ」と言いました。その子は象の尻尾を洗ったのです。
その子供たちはそれぞれ自分の意見を主張して、激しい議論となりました。
しばらくして入ってきた父親は、息子たちが互いに言い争っているのを知りました。
ますますいがみ合うのを見て、父親は大声で「息子たちよ、お前たちの争いは全く馬鹿げている」と笑いながら言いました。
「馬鹿げてなんかいません。私のことを嘘つき呼ばわりするのですよ。他の者たちが嘘つきなのに」と大声で一人の息子が言いました。
「可愛い息子たちよ」なだめるように父親は言いました。
「皆は、それぞれ象の1部分を洗っただけで、全体を見えるのは私一人だけなのだ。
それぞれが、これが全てだと思っているけれども、象は、皆の想像をはるかに超えたものなのだよ」

父親は象が本当はどんな姿なのか説明を続けました。
「だから、いいかい息子たちよ、お前たちはみんな正しい。しかしまた、みんな間違ってもいるのだ」そういって話を終わりました。
こうしたことは神に関しても起きます。さまざまな宗教で神へのアプローチに関して同じことが起きるのです。
神は一つです、しかし神への道は様々です。神の体験され方、紙の説明され方、それらにもまた数限りない道があるのです。
スワミ・クリヤナンダ記録、編集、パラマハンサヨガナンダとの対話より
この話はスワミ・クリヤナンダの話だけではなく、インド説話の中でよく出てきます。私もよくセミナーの中で引用させていただきます。それでも、私自身まだまだ神の一部しか認識していないのです。
6人の息子を持つ、ある象使いがいました。しかしその息子たちは、みな目が見えませんでした。

ある時、象使いは息子たちに象を洗う仕事を言いつけたのですが、息子たちはその仕事を終えると、象とはいったいどのような動物なのかと議論を始めました。
「簡単だよ、象とは2本の大きな骨だよ」と、一人が言いました。その子は象の牙を洗ったのです。
「どうしてそんなことが言えるの」と別の子が異議を唱えて「象とは太いロープのようなものだよ」と言いました。その子は象の鼻を洗ったのです。
3人目の子は象とは一組の大きなうちわのようなものだと言い張りました。その子は耳を洗ったのです。
4人目の子は、象は4本の柱のようだといいました。足を洗ったからです。
5人目の子は象の横腹を洗いました。その子は息をする壁だと表現しました。
最後の6人目の子は大声で「みんな馬鹿にしないで、触ったのだから僕にはわかっているよ。象とは宙に垂れ下がっている紐のようなものだよ」と言いました。その子は象の尻尾を洗ったのです。
その子供たちはそれぞれ自分の意見を主張して、激しい議論となりました。
しばらくして入ってきた父親は、息子たちが互いに言い争っているのを知りました。
ますますいがみ合うのを見て、父親は大声で「息子たちよ、お前たちの争いは全く馬鹿げている」と笑いながら言いました。
「馬鹿げてなんかいません。私のことを嘘つき呼ばわりするのですよ。他の者たちが嘘つきなのに」と大声で一人の息子が言いました。
「可愛い息子たちよ」なだめるように父親は言いました。
「皆は、それぞれ象の1部分を洗っただけで、全体を見えるのは私一人だけなのだ。
それぞれが、これが全てだと思っているけれども、象は、皆の想像をはるかに超えたものなのだよ」

父親は象が本当はどんな姿なのか説明を続けました。
「だから、いいかい息子たちよ、お前たちはみんな正しい。しかしまた、みんな間違ってもいるのだ」そういって話を終わりました。
こうしたことは神に関しても起きます。さまざまな宗教で神へのアプローチに関して同じことが起きるのです。
神は一つです、しかし神への道は様々です。神の体験され方、紙の説明され方、それらにもまた数限りない道があるのです。
スワミ・クリヤナンダ記録、編集、パラマハンサヨガナンダとの対話より
この話はスワミ・クリヤナンダの話だけではなく、インド説話の中でよく出てきます。私もよくセミナーの中で引用させていただきます。それでも、私自身まだまだ神の一部しか認識していないのです。
2012年03月06日
ナヴァグラハ(九曜)
ナヴァグラハ(九曜)
ナヴァグラハとは、インド天文学やインド占星術が扱う9つの天体とそれらを神格化した神々、
そしてそれらが及ぼす事象の事です。
九曜などと訳されることもあります。
サンスクリットではナヴァグラハ (नवग्रह, navagraha) で、「9つの惑星」という意味です(実際は惑星以外も含む)。

古代インドの【ナヴァグラハ】(9つの惑星の意味・九曜占星術の事)では、以下のことを示します

スーリヤ・太陽
チャンドラ・月
マンガラ・火星
ブダ・水星
プリスパティ・木星
シュクラ・金星
シャニ・土星
ラーフ・月の昇交点
ケートウ月の降交点
そしてそれぞれの神々は、自分の名前のついた曜日を守護していると考えられています。
凶兆とされているシャニ(土星)やラーフやケートゥも、南インドなどでは逆に厄除け的に手厚く信仰されています。
(ナヴァグラハは古代中国においては【宿曜経】として翻訳され、ラーフは羅候星、ケートゥは計斗星と漢訳されました。
この中国経由の・九曜・を日本に紹介したのは弘法大師空海です、真言密教では節分時などに星供養を行っている寺院もあります。)
ラーフは仏陀の息子の名前のラーフラ(Rahula)、漢訳では羅候羅(らごら)としても用いられました。
ラーフラは転じて・障害をなすもの・の意味とされ、一説では出家の障害になる者が生まれたので仏陀が息子にこの名前をつけたともいわれています。
一方古代インド語ではラーフは【ナーガ】(竜)の・頭・、ケートゥはその・尻尾・という意味もありました。
そしてシャカ族のトーテムがナーガであった事から、ラーフラは古代インドの言い回しで【竜の頭】であるとも考えられ、・ナーガの頭になる者≫が生まれたのを歓喜した仏陀がこう名づけたという説もあります。
ラーフ&ケートゥに関するインド神話の一つに以下のようなものがあります。
(インド版の天地創造である乳海攪拌の後、神々とアスラは不死の霊薬アムリタをめぐって争い、アムリタは神々の手に渡りました。
神々は集まってアムリタを飲みましたが、神に化けて混ざっていたラーフ(アスラ)もアムリタを口にしてしまいました。
それに気づいたスーリヤ(太陽神)とチャンドラ(月神)は、ヴィシュヌ神に知らせます。
ヴィシュヌ神はその4本腕の1つの手指でいつも回転させている、チャクラ(円盤状の武器)を投げてラーフの首を切断しましたが、首は不死になってしまいます。
天に昇ったラーフの首は告げ口された事を怨んで、太陽と月を飲み込んで日食や月食を起こす悪星になりました。
一方で切断されたラーフの胴体も天に昇り、ケートゥという凶兆の星になりました。
胴体のないラーフが太陽と月を飲み込んでも、すぐに太陽と月が現れてしまうので日食や月食が起こるようになったというのです
)
本年は秋ごろ南インドにナヴァグラハ勉強・体験ツアーを企画しようかと思っています。
ナヴァグラハとは、インド天文学やインド占星術が扱う9つの天体とそれらを神格化した神々、
そしてそれらが及ぼす事象の事です。
九曜などと訳されることもあります。
サンスクリットではナヴァグラハ (नवग्रह, navagraha) で、「9つの惑星」という意味です(実際は惑星以外も含む)。

古代インドの【ナヴァグラハ】(9つの惑星の意味・九曜占星術の事)では、以下のことを示します

スーリヤ・太陽
チャンドラ・月
マンガラ・火星
ブダ・水星
プリスパティ・木星
シュクラ・金星
シャニ・土星
ラーフ・月の昇交点
ケートウ月の降交点
そしてそれぞれの神々は、自分の名前のついた曜日を守護していると考えられています。
凶兆とされているシャニ(土星)やラーフやケートゥも、南インドなどでは逆に厄除け的に手厚く信仰されています。
(ナヴァグラハは古代中国においては【宿曜経】として翻訳され、ラーフは羅候星、ケートゥは計斗星と漢訳されました。
この中国経由の・九曜・を日本に紹介したのは弘法大師空海です、真言密教では節分時などに星供養を行っている寺院もあります。)
ラーフは仏陀の息子の名前のラーフラ(Rahula)、漢訳では羅候羅(らごら)としても用いられました。
ラーフラは転じて・障害をなすもの・の意味とされ、一説では出家の障害になる者が生まれたので仏陀が息子にこの名前をつけたともいわれています。
一方古代インド語ではラーフは【ナーガ】(竜)の・頭・、ケートゥはその・尻尾・という意味もありました。
そしてシャカ族のトーテムがナーガであった事から、ラーフラは古代インドの言い回しで【竜の頭】であるとも考えられ、・ナーガの頭になる者≫が生まれたのを歓喜した仏陀がこう名づけたという説もあります。
ラーフ&ケートゥに関するインド神話の一つに以下のようなものがあります。
(インド版の天地創造である乳海攪拌の後、神々とアスラは不死の霊薬アムリタをめぐって争い、アムリタは神々の手に渡りました。
神々は集まってアムリタを飲みましたが、神に化けて混ざっていたラーフ(アスラ)もアムリタを口にしてしまいました。
それに気づいたスーリヤ(太陽神)とチャンドラ(月神)は、ヴィシュヌ神に知らせます。
ヴィシュヌ神はその4本腕の1つの手指でいつも回転させている、チャクラ(円盤状の武器)を投げてラーフの首を切断しましたが、首は不死になってしまいます。
天に昇ったラーフの首は告げ口された事を怨んで、太陽と月を飲み込んで日食や月食を起こす悪星になりました。
一方で切断されたラーフの胴体も天に昇り、ケートゥという凶兆の星になりました。
胴体のないラーフが太陽と月を飲み込んでも、すぐに太陽と月が現れてしまうので日食や月食が起こるようになったというのです
)
本年は秋ごろ南インドにナヴァグラハ勉強・体験ツアーを企画しようかと思っています。
2012年02月27日
カメさん
カメさん
インド初期時代(15年位前?)にインドに2~3回ご一緒したカメさんから(2年ぶりくらい?)
電話がありました。
私より20歳くらい年上なのですがいつも必要以上に元気なのです。
カメさんは最初にインドで一緒になったとき、飛行機の中でも、ある聖者の宿舎でも、ずっと私の隣に(誘ってもいないのに)席を取っていました。
若く、美しい女性なら文句はないのですが、あまりに極端なので本人に問いただして見ました。
「どうして私の傍にばかり来られるんですか?・・・別に嫌っているわけではないんですが・・。」
「いやー、すまん、すまん、実はあんたの傍にいるとなぜかわからんが。前立腺が痛くないんやー。」
||||||||||||||(_ _。)ブルー||||||||||||||||

という出会いだったのですが、その後も全くご自分のペースで脈絡なく連絡が入ります。
今回の電話もあまり要領を得ませんが。そのなかの一つに以下のようなコメントがありました。
「最近わしの周りに悟りを開いたというのが何人も出るんやー・そいつらがあちこちでヒトを集めてあっちこっちで講演して回っているんやー。」

仕事中でもあり、時間もなかったからかもしれませんが。
いつもながらの,人の状況に全く配慮できない話し振りに、
通常ならもう少しやんわりと表現するのですが・・つい、全ての内容を聞かずにコメントしてしまいました。
「私は、自ら私は悟ったなどという人たちに全く興味はありません。
本当に悟った方たちは、おそらく自分が悟ったなどと人にいい触らしたりはしないでしょうし、そのことをわざわざ多くの人に言いふらしてまわったりはしないでしょう。
それとは別に、たとえその時点で悟りから離れていても、
そのヒトの行動や言動に尊敬できるものがあれば、私はその人にお会いしたいといつでも思っています。
悟りとは常に自分の眼前や自分の中にあるもので、取り立てて人にひけらかすようなものではありません。
悟りとは終着点ではなく、新たな出発点なのですから。
少なくとも、私は、・・そこに近いエリアにいる方々から、そのように教わりました。」
追、もう少しゆっくり話してあげればよかった・・カメさん、また電話してください。・・・もう少し閑なときに。
インド初期時代(15年位前?)にインドに2~3回ご一緒したカメさんから(2年ぶりくらい?)
電話がありました。
私より20歳くらい年上なのですがいつも必要以上に元気なのです。
カメさんは最初にインドで一緒になったとき、飛行機の中でも、ある聖者の宿舎でも、ずっと私の隣に(誘ってもいないのに)席を取っていました。
若く、美しい女性なら文句はないのですが、あまりに極端なので本人に問いただして見ました。
「どうして私の傍にばかり来られるんですか?・・・別に嫌っているわけではないんですが・・。」
「いやー、すまん、すまん、実はあんたの傍にいるとなぜかわからんが。前立腺が痛くないんやー。」
||||||||||||||(_ _。)ブルー||||||||||||||||

という出会いだったのですが、その後も全くご自分のペースで脈絡なく連絡が入ります。
今回の電話もあまり要領を得ませんが。そのなかの一つに以下のようなコメントがありました。
「最近わしの周りに悟りを開いたというのが何人も出るんやー・そいつらがあちこちでヒトを集めてあっちこっちで講演して回っているんやー。」

仕事中でもあり、時間もなかったからかもしれませんが。
いつもながらの,人の状況に全く配慮できない話し振りに、
通常ならもう少しやんわりと表現するのですが・・つい、全ての内容を聞かずにコメントしてしまいました。
「私は、自ら私は悟ったなどという人たちに全く興味はありません。
本当に悟った方たちは、おそらく自分が悟ったなどと人にいい触らしたりはしないでしょうし、そのことをわざわざ多くの人に言いふらしてまわったりはしないでしょう。
それとは別に、たとえその時点で悟りから離れていても、
そのヒトの行動や言動に尊敬できるものがあれば、私はその人にお会いしたいといつでも思っています。
悟りとは常に自分の眼前や自分の中にあるもので、取り立てて人にひけらかすようなものではありません。
悟りとは終着点ではなく、新たな出発点なのですから。
少なくとも、私は、・・そこに近いエリアにいる方々から、そのように教わりました。」
追、もう少しゆっくり話してあげればよかった・・カメさん、また電話してください。・・・もう少し閑なときに。
2012年02月14日
新訳般若心経
なじみの蕎麦屋でビールを飲みながら週刊誌を読んでいたところ、ある3面記事が目に留まりました。
ウエブ上で話題になっている新訳般若心経があるとのこと・・・。
これはマニアの私としてはほっておくわけには行きません。
帰ってきてすぐインターネットで探してみました。
意外と簡単に見つかりました。

引用しても文句は言われないと思いますので、以下が全文です。
超スゲェ楽になれる方法を知りたいか?
誰でも幸せに生きる方法のヒントだ
もっと力を抜いて楽になるんだ。
苦しみも辛さも全てはいい加減な幻さ、安心しろよ。
この世は空しいモンだ、
痛みも悲しみも最初から空っぽなのさ。
この世は変わり行くモンだ。
苦を楽に変える事だって出来る。
汚れることもありゃ背負い込む事だってある
だから抱え込んだモンを捨てちまう事も出来るはずだ。
この世がどれだけいい加減か分ったか?
苦しみとか病とか、そんなモンにこだわるなよ。
見えてるものにこだわるな。
聞こえるものにしがみつくな。
味や香りなんて人それぞれだろ?
何のアテにもなりゃしない。
揺らぐ心にこだわっちゃダメさ。
それが『無』ってやつさ。
生きてりゃ色々あるさ。
辛いモノを見ないようにするのは難しい。
でも、そんなもんその場に置いていけよ。
先の事は誰にも見えねぇ。
無理して照らそうとしなくていいのさ。
見えない事を愉しめばいいだろ。
それが生きてる実感ってヤツなんだよ。
正しく生きるのは確かに難しいかもな。
でも、明るく生きるのは誰にだって出来るんだよ。
菩薩として生きるコツがあるんだ、苦しんで生きる必要なんてねえよ。
愉しんで生きる菩薩になれよ。
全く恐れを知らなくなったらロクな事にならねえけどな
適度な恐怖だって生きていくのに役立つモンさ。
勘違いするなよ。
非情になれって言ってるんじゃねえ。
夢や空想や慈悲の心を忘れるな、
それができりゃ涅槃はどこにだってある。
生き方は何も変わらねえ、ただ受け止め方が変わるのさ。
心の余裕を持てば誰でもブッダになれるんだぜ。
この般若を覚えとけ。短い言葉だ。
意味なんて知らなくていい、細けぇことはいいんだよ。
苦しみが小さくなったらそれで上等だろ。
嘘もデタラメも全て認めちまえば苦しみは無くなる、そういうモンなのさ。
今までの前置きは全部忘れても良いぜ。
でも、これだけは覚えとけ。
気が向いたら呟いてみろ。
心の中で唱えるだけでもいいんだぜ。
いいか、耳かっぽじってよく聞けよ?
『唱えよ、心は消え、魂は静まり、全ては此処にあり、全てを越えたものなり。』
『悟りはその時叶うだろう。全てはこの真言に成就する。』
心配すんな。大丈夫だ。
通例により
この般若心経訳に関する評価が賛否両論に分かれているようですが、私は賛成派です。
少なくとも、この新訳を作ったヒトはかなりわかっています。
そして、現代において解りやすい、多くのヒトの気を引くであろう新訳内容に私は共感を覚えます。
この新訳に関する反対派の多くは、般若心経本来の教えと異なるとか、ブッダの考えとは違うとか、悟りとはそんなものではない、とかいうコメントが多いようです。
オリジナルの般若心経はもともとブッダが語られたものでは無いようですし、もしそうであったとしても、その意図はそれを聞く者たちに宇宙の真理を気づかせることであって、自分の語った内容のみを知らせることではないはずです。
そして悟りとはそのずっと先にあるものです。

2012年02月02日
プージャ
プージャ
インドでよく行われるプージャは、伝統的な、神への礼拝の一つでもあり、厳格に体系だった信仰の形のひとつです。
プージャでは、礼拝する者が宇宙の根本神のひとつの側面である、人格神に呼びかけ、特定の願いをこめて恩寵を祈ります。

プージャの究極の目的は、神との合一です。どのプージャを行うかによって、神に対して様々な捧げ物をしていくのですが、最終的な捧げ物は、自分自身、あるいは自分の自我を捧げます。
その結果、神との合一が可能になるのです。
しかしまた、自己がその境地まで達していない多くの人々のために、一般の世俗的な願望も、プージャの祈願の対象となりうるのです。
それはやがて、より深い信仰と、神への愛へと昇華していきます。
いずれにしても、プージャは自己の浄化と心の集中を高める強力な助けとなります。(このあたりが私が縁ある人たちを「そのような先達」のところに連れて行く理由でもあります。

私たちは日常的に、適度な運動をすることにより、肉体の健康を保ち病気を防ぐことができます。
また、ハタ・ヨーガ(ハタに限りませんが)などを実践することにより、生命エネルギーを良好な状態に保ち、心身を健康に保つことができます。
それと同じように、プージャという聖なる儀式を行うことにより、宇宙を支配する力と調和を保つことができます。
そうすることによって、人生の苦痛を取りのぞき、悲しみに打ち克ち、霊性の向上が可能になるのです。
プージャをすることにより、私たちの周りに霊的波動が生みだされます。
その微細な霊的力が、私たちの人生においてカルマや悪いエネルギーを取りのぞき、よいエネルギーで私たちを包みこみ、心の平安や物質的豊かさをもたらし、私たちが内なる神をよりはっきりと感じる助けとなります。
ヴェーダ聖典の占星学によれば、過去生においてなした悪い行為からくる影響は、生まれた時の星の配置によって示されています。
そしてその星の影響が色濃く出てくる人生の時期になると、そうした因果応報の結果がそのヒトのいろいろな処に現れ、そのときそのヒトを取り囲むオーラは、次第に暗くかげってきて、その結果暗闇の中でもがいて進めないような状態になります。
オーラにもそのヒトの過去の行為や思いが、すべて記録されているのです。
そして、そのヒトの発する波動は周りの人と不調和を引き起こし、敵意や争いをうみます。またそんな時期には様々な事故に遭遇したり病気や死、家計や仕事、家族の問題など様々な問題で苦しみます。
過去に行った悪い行為からくる宿命は、様々な方法で変えることができます。
正しい行いを今行うことによって、あるいは祈りを捧げたり、神の恩寵によってそれは変わります。
霊性修行の実践、日々の生活での出来る範囲での善い行い、美徳の実践、他者への愛と思いやり、優しい言葉、そして礼拝儀式や、正しいマントラを心を込めて唱えることなどにより、私たちのオーラは浄められ、闇が払われ、輝きを増し、人生を改善することができるのです。
今生での病気や精神的破綻、夫婦間の問題、結婚を望むのに結婚できない、子供に恵まれない、難病、事故、など自己努力で解決できないいろいろな問題は、よくない星の影響が通過する時期に起きるとヴェーダでは説明しています。
この点に関しては私も確かなことだと思います。
すでにプージャに関するツアーは何度も出していますが、もう少ししたらプージャ関連ツアーを出そうと思っています

インドでよく行われるプージャは、伝統的な、神への礼拝の一つでもあり、厳格に体系だった信仰の形のひとつです。
プージャでは、礼拝する者が宇宙の根本神のひとつの側面である、人格神に呼びかけ、特定の願いをこめて恩寵を祈ります。

プージャの究極の目的は、神との合一です。どのプージャを行うかによって、神に対して様々な捧げ物をしていくのですが、最終的な捧げ物は、自分自身、あるいは自分の自我を捧げます。
その結果、神との合一が可能になるのです。
しかしまた、自己がその境地まで達していない多くの人々のために、一般の世俗的な願望も、プージャの祈願の対象となりうるのです。
それはやがて、より深い信仰と、神への愛へと昇華していきます。
いずれにしても、プージャは自己の浄化と心の集中を高める強力な助けとなります。(このあたりが私が縁ある人たちを「そのような先達」のところに連れて行く理由でもあります。

私たちは日常的に、適度な運動をすることにより、肉体の健康を保ち病気を防ぐことができます。
また、ハタ・ヨーガ(ハタに限りませんが)などを実践することにより、生命エネルギーを良好な状態に保ち、心身を健康に保つことができます。
それと同じように、プージャという聖なる儀式を行うことにより、宇宙を支配する力と調和を保つことができます。
そうすることによって、人生の苦痛を取りのぞき、悲しみに打ち克ち、霊性の向上が可能になるのです。
プージャをすることにより、私たちの周りに霊的波動が生みだされます。
その微細な霊的力が、私たちの人生においてカルマや悪いエネルギーを取りのぞき、よいエネルギーで私たちを包みこみ、心の平安や物質的豊かさをもたらし、私たちが内なる神をよりはっきりと感じる助けとなります。
ヴェーダ聖典の占星学によれば、過去生においてなした悪い行為からくる影響は、生まれた時の星の配置によって示されています。
そしてその星の影響が色濃く出てくる人生の時期になると、そうした因果応報の結果がそのヒトのいろいろな処に現れ、そのときそのヒトを取り囲むオーラは、次第に暗くかげってきて、その結果暗闇の中でもがいて進めないような状態になります。
オーラにもそのヒトの過去の行為や思いが、すべて記録されているのです。
そして、そのヒトの発する波動は周りの人と不調和を引き起こし、敵意や争いをうみます。またそんな時期には様々な事故に遭遇したり病気や死、家計や仕事、家族の問題など様々な問題で苦しみます。
過去に行った悪い行為からくる宿命は、様々な方法で変えることができます。
正しい行いを今行うことによって、あるいは祈りを捧げたり、神の恩寵によってそれは変わります。
霊性修行の実践、日々の生活での出来る範囲での善い行い、美徳の実践、他者への愛と思いやり、優しい言葉、そして礼拝儀式や、正しいマントラを心を込めて唱えることなどにより、私たちのオーラは浄められ、闇が払われ、輝きを増し、人生を改善することができるのです。
今生での病気や精神的破綻、夫婦間の問題、結婚を望むのに結婚できない、子供に恵まれない、難病、事故、など自己努力で解決できないいろいろな問題は、よくない星の影響が通過する時期に起きるとヴェーダでは説明しています。
この点に関しては私も確かなことだと思います。
すでにプージャに関するツアーは何度も出していますが、もう少ししたらプージャ関連ツアーを出そうと思っています

2012年01月25日
ヨーガとは
ヨーガ、とは
ヨーガという単語を全く知らない日本人はかなり少なくなりました。
しかしヨーガとはなんでしょう?という問いを浴びせたとき、それに答えられる日本人はかなり少ないと思います。
「ヨーガ」という言葉が宗教的用語として確認されているのはヴェーダンタの時代で「ヨーガ」とは「馬を車体につなぎ、その馬車をコントロールして、道をはずさず、人生の目的地へ行くこと」を意味していました。
カタ・ウパニシャッドでは 「真我(アートマン)を車主、肉体を車体、理性を御者、意 志を手綱と心得よ。賢者たち はもろもろの感覚器官を馬と 呼び、感覚の対象を道と呼ん でいる」と述べています。
このことから「ヨーガ」とは、馬を車に「つなぐ」(yuj) が語源であり、意味するとこ ろは「結ぶ」「コントロールを する」「バランスをとる」との 意味をもっていました。

また「ダンマパダ(法句経)」の中にも、このように「ヨーガ」という言葉が語られています。
「まさに智はヨーガより生じ、ヨーガなくして智は滅ぶ。その道理を知りて、ヨーガを行じ、智を増大せしめよ。」(20章282)
「智」というのは、物事を分析するだけの知識(分別知)ではなく、知に日がついて光あふれた、命の智恵「英知」と云われています。それを人々に伝える人を、かつて、「聖人」と云ったのです。
このように、「ヨーガ」とは、「結びつける」「コントロールをする」「バランスをとる」という意味と、その「修行法」「技法」として発達してきたのです。
それでは何と何とを「結びつけ」「バランスをとる」のでしょうか?
それは、
①身体と心をバランスよく結びつける。
②内なる私(真我)と大いなる我(宇宙)とを結びつける。
③人と人をバランスよく結びつけることなのです。
仏教では、それを三宝と云って、
①身体と心をバランスよく結びつけ解放した人間存在を「仏(ブッダ)」といい
②宇宙や自然の法則と自己とを調和させる生き方を「法(ダルマ)」といい、
③人と人とが調和し助け合う平和な社会を「僧(サンガ)」といって尊んだのです。
そしてヨーガでは、その方法を、
具体的な生活法(ヤマ・ニヤマ)、
運動法(アーサナ)、
呼吸法(プラーナヤーマ)、
瞑想法の階梯(プラティヤハーラ、ダーラナー、ディヤーナ、サマーディ)
そして祈りの言葉・神の名(マントラ、ジャバ)等として、私達に伝えてきているのです
でも、このレベルもまだまだほんの始まりなのです。
ヨーガという単語を全く知らない日本人はかなり少なくなりました。
しかしヨーガとはなんでしょう?という問いを浴びせたとき、それに答えられる日本人はかなり少ないと思います。
「ヨーガ」という言葉が宗教的用語として確認されているのはヴェーダンタの時代で「ヨーガ」とは「馬を車体につなぎ、その馬車をコントロールして、道をはずさず、人生の目的地へ行くこと」を意味していました。
カタ・ウパニシャッドでは 「真我(アートマン)を車主、肉体を車体、理性を御者、意 志を手綱と心得よ。賢者たち はもろもろの感覚器官を馬と 呼び、感覚の対象を道と呼ん でいる」と述べています。
このことから「ヨーガ」とは、馬を車に「つなぐ」(yuj) が語源であり、意味するとこ ろは「結ぶ」「コントロールを する」「バランスをとる」との 意味をもっていました。

また「ダンマパダ(法句経)」の中にも、このように「ヨーガ」という言葉が語られています。
「まさに智はヨーガより生じ、ヨーガなくして智は滅ぶ。その道理を知りて、ヨーガを行じ、智を増大せしめよ。」(20章282)
「智」というのは、物事を分析するだけの知識(分別知)ではなく、知に日がついて光あふれた、命の智恵「英知」と云われています。それを人々に伝える人を、かつて、「聖人」と云ったのです。
このように、「ヨーガ」とは、「結びつける」「コントロールをする」「バランスをとる」という意味と、その「修行法」「技法」として発達してきたのです。
それでは何と何とを「結びつけ」「バランスをとる」のでしょうか?
それは、
①身体と心をバランスよく結びつける。
②内なる私(真我)と大いなる我(宇宙)とを結びつける。
③人と人をバランスよく結びつけることなのです。
仏教では、それを三宝と云って、
①身体と心をバランスよく結びつけ解放した人間存在を「仏(ブッダ)」といい
②宇宙や自然の法則と自己とを調和させる生き方を「法(ダルマ)」といい、
③人と人とが調和し助け合う平和な社会を「僧(サンガ)」といって尊んだのです。
そしてヨーガでは、その方法を、
具体的な生活法(ヤマ・ニヤマ)、
運動法(アーサナ)、
呼吸法(プラーナヤーマ)、
瞑想法の階梯(プラティヤハーラ、ダーラナー、ディヤーナ、サマーディ)
そして祈りの言葉・神の名(マントラ、ジャバ)等として、私達に伝えてきているのです
でも、このレベルもまだまだほんの始まりなのです。
2012年01月17日
誰にでも起きること
誰にでも起きること

こころからの友人でもあり、師匠でもあったU家氏が、今週突然逝ってしまわれました。
ほんの1年ほど前にもU家氏や私といつも行動をともにし、インド、ネパール、チベットや、その他の多くの国に同行してくれていた、
親友のF川氏とお別れしたばかりですので、ヒトの世のことが少しはわかってきているとはいえ、多少なりとも落ち込んでいます。
師匠のU家氏と親友のF川氏とご一緒したインドの旅は(インド以外も多いのですが、あえて省略しておきます)この20年で、多分30~40回くらいはあります。
その全ては、通常のルートでは行く事は不可能であり、しかも多くの場合は、今生に限らぬ、多数の生の経験と、深い修行を積んで来られた、濃い修行者が、遠慮容赦なく教えを与えてくれました。

その殆どを企画してくれたのが今回先に逝ってしまわれたU氏です。
U氏自身が瞑想法、呼吸法の世界的大家であり、実践化であったことは昔からの仲間以外はあまり知られていません。
そして、私が彼から学んだものには、それ以外の分野にも、とても大きなものがあります。
いずれにしても、まだ彼とは縁があると思っていますので、生の輪廻の中で、近い将来、時間軸と空間軸の適合する場でお会いできると思っています。
その時まで、私はもう少し、この娑婆で修行を積みながら、U家師匠や縁ある覚者たちから学んだ真理を、
縁ある弟子たちに出来る限り伝えておきます。
今しばらくは安らかにお休みください。

弟子より

こころからの友人でもあり、師匠でもあったU家氏が、今週突然逝ってしまわれました。
ほんの1年ほど前にもU家氏や私といつも行動をともにし、インド、ネパール、チベットや、その他の多くの国に同行してくれていた、
親友のF川氏とお別れしたばかりですので、ヒトの世のことが少しはわかってきているとはいえ、多少なりとも落ち込んでいます。
師匠のU家氏と親友のF川氏とご一緒したインドの旅は(インド以外も多いのですが、あえて省略しておきます)この20年で、多分30~40回くらいはあります。
その全ては、通常のルートでは行く事は不可能であり、しかも多くの場合は、今生に限らぬ、多数の生の経験と、深い修行を積んで来られた、濃い修行者が、遠慮容赦なく教えを与えてくれました。

その殆どを企画してくれたのが今回先に逝ってしまわれたU氏です。
U氏自身が瞑想法、呼吸法の世界的大家であり、実践化であったことは昔からの仲間以外はあまり知られていません。
そして、私が彼から学んだものには、それ以外の分野にも、とても大きなものがあります。
いずれにしても、まだ彼とは縁があると思っていますので、生の輪廻の中で、近い将来、時間軸と空間軸の適合する場でお会いできると思っています。
その時まで、私はもう少し、この娑婆で修行を積みながら、U家師匠や縁ある覚者たちから学んだ真理を、
縁ある弟子たちに出来る限り伝えておきます。
今しばらくは安らかにお休みください。

弟子より
2012年01月14日
ヴェーダーンタ
ブログ更新をサボっていたわけではありません。
暮れからヴェーダンタ(の教義)について自分なりに学びなおしていました。
インド、チベット、ネパールあたりで怪しいことを学ぼうとおもったらこの道は決して避けては通れません。
「ヴェーダーンタ」とは、言語的にはヴェーダの末尾(アンタ)という意味です。
また、ヴェーダの究極の智識という意味にとることもできます。
ヴェーダとはインドの聖典で、特定の作者はなく、古代の覚者たちが瞑想によって感知した普遍の真理であると言われています。

ヴェーダは口伝され、4つに纏められました
(リグ・ヴェーダ、ヤジュル・ヴェーダ、サーマ・ヴェーダ、アタルヴァ・ヴェーダ)。
ヴェーダの末尾部分はウパニシャッド(奥義書)と呼ばれます。
ヴェーダーンタ哲学は、このウパニシャッドの教えが基礎となっています。
でもこの程度のことは、怪しい世界では常識の範囲です。
瞑想やヨーガのオタクでなくとも、私とは何か?、ヒトとは何か、宇宙とは何かと
開き直って自問することが、一生に数回はあると思います。
では「私とは、この肉体である。」ということは真理でしょうか?。
もしくは「私とは、心である。」 と言うことが真理でしょうか?
でも、心も肉体もいつも変化し続けています。
それでは刻々と変化する「私」ではない、不変の自己というものは存在するのでしょうか。
インドの覚者達は、修行や深い瞑想によってこの答えを見出しました。

つづく。
Posted by 服部歯科医院 at
21:01
│Comments(0)
2012年01月01日
あけましておめでとうございます
あけましておめでとうございます
いつも拙ブログをご訪問いただき有難うございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
2012年は辰年です(辰,竜、龍)。

(たつ)で思い出すのは
2009年7月、中国、蓮花山の地で皆既日蝕を体験したときのことです。
(当時のブログに書いたことも、省略したこともあります)

蓮花山は中国でも有名なゼロ磁場の地です。
この地に立つだけで病気が好転するといわれています。
もう一つ有名なのは、もともとこの地は「昇竜(龍の昇る)」の地として有名なのです。
確かに、この地に入るだけで地場のエネルギーと体のエネルギーが共鳴し、体の中の滞ったエネルギーが通り始めます。
(この地のゼロバランスエネルギーは陰と陽、右回転と左回転の、強力なエネルギーのバランスがきれいに調和しています)
おまけにここを訪れた2009年7月22日は皆既日食,太陰と太陽が合一し、ゼロ磁場の地がいっそう強力でレベルの高いゼロ波動となります。
この日、日本や上海など他の地域では天候に恵まれず皆既日食が観察できなかったところが殆どでしたが、ここ蓮花山では肉眼観察に最も適したうす曇でした。
私はこの蓮花山の中心にある元明塔1階、正面の大理石の広場に寝そべって、天空の大スペクタクルを食い入るように観察していました。

いわゆる普通の観察眼的な皆既日食の記録は地元の新聞にも掲載されました。
一方、微細でレベルの高いエネルギーの部分や、その流動性を見る感性(眼と言い換えたほうが解りやすいかもしれません。瞑想でも、いろいろなエネルギーレベルに自分のチャクラを同調させる技がありますが、このときはそれを視覚器官に応用します。)があれば、このとき天空に舞う龍の姿を見ることができた人も多かったと思います。

(掲載した写真の、エネルギー値の高い部分をダウジングでマークし、その点をつなぎ合わせると龍が現れます。)

この時同行したメンバーの数人から、この後日本に帰ってから何度も同様のエネルギー現象に遭遇した報告を受けました。

それを龍と呼ぶかどうかは別にして、いずれにしても、とんでもなく、レベルの高いエネルギーであることは間違いのない事実です。

あらためまして、本年も拙ブログをよろしくお願い申し上げます。今後は怪しい先人に習い、人のことを気にせず、さらに怪しく、かつ正しい記載を追求させていただきます。
よ(^ー^)ろ(^o^)し(^ ^)く(^▽^)おねがいしますー(^ー^)ノ
追、多くの方に年賀状を頂き、お礼を申し上げます。
本来はお一人、お一人にお礼の年賀状をお返しするのが本意でございますが、年末、年始は毎年、怪しくないイベントや怪しいイベントなど、いろいろな企画が重なり殆ど自由時間が取れず、年賀状を書く時間が取れません。
この場を借りてお詫び申し上げます。
いつも拙ブログをご訪問いただき有難うございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
2012年は辰年です(辰,竜、龍)。

(たつ)で思い出すのは
2009年7月、中国、蓮花山の地で皆既日蝕を体験したときのことです。
(当時のブログに書いたことも、省略したこともあります)

蓮花山は中国でも有名なゼロ磁場の地です。
この地に立つだけで病気が好転するといわれています。
もう一つ有名なのは、もともとこの地は「昇竜(龍の昇る)」の地として有名なのです。
確かに、この地に入るだけで地場のエネルギーと体のエネルギーが共鳴し、体の中の滞ったエネルギーが通り始めます。
(この地のゼロバランスエネルギーは陰と陽、右回転と左回転の、強力なエネルギーのバランスがきれいに調和しています)
おまけにここを訪れた2009年7月22日は皆既日食,太陰と太陽が合一し、ゼロ磁場の地がいっそう強力でレベルの高いゼロ波動となります。
この日、日本や上海など他の地域では天候に恵まれず皆既日食が観察できなかったところが殆どでしたが、ここ蓮花山では肉眼観察に最も適したうす曇でした。
私はこの蓮花山の中心にある元明塔1階、正面の大理石の広場に寝そべって、天空の大スペクタクルを食い入るように観察していました。

いわゆる普通の観察眼的な皆既日食の記録は地元の新聞にも掲載されました。
一方、微細でレベルの高いエネルギーの部分や、その流動性を見る感性(眼と言い換えたほうが解りやすいかもしれません。瞑想でも、いろいろなエネルギーレベルに自分のチャクラを同調させる技がありますが、このときはそれを視覚器官に応用します。)があれば、このとき天空に舞う龍の姿を見ることができた人も多かったと思います。

(掲載した写真の、エネルギー値の高い部分をダウジングでマークし、その点をつなぎ合わせると龍が現れます。)

この時同行したメンバーの数人から、この後日本に帰ってから何度も同様のエネルギー現象に遭遇した報告を受けました。

それを龍と呼ぶかどうかは別にして、いずれにしても、とんでもなく、レベルの高いエネルギーであることは間違いのない事実です。

あらためまして、本年も拙ブログをよろしくお願い申し上げます。今後は怪しい先人に習い、人のことを気にせず、さらに怪しく、かつ正しい記載を追求させていただきます。
よ(^ー^)ろ(^o^)し(^ ^)く(^▽^)おねがいしますー(^ー^)ノ
追、多くの方に年賀状を頂き、お礼を申し上げます。
本来はお一人、お一人にお礼の年賀状をお返しするのが本意でございますが、年末、年始は毎年、怪しくないイベントや怪しいイベントなど、いろいろな企画が重なり殆ど自由時間が取れず、年賀状を書く時間が取れません。
この場を借りてお詫び申し上げます。
2011年12月28日
ディーワーリー
ヒンドゥー教徒の新年のおまつりにディーワーリー(दीवाली, Diwali)があります。
ただ、新年といっても西洋暦の1月1日のことではなく。たいていは10月末から11月初めのインド歴の第七番目の月の初めの日になります。この日は新月と重なります。

(また、この日は、ジャイナ教の開祖マハーヴィーラが究極の悟りを開いた日だともいわれています)
お祭りが大好きなインドでも3大祭りの一つに上げられています。そして光の祭典として有名です。
ディーワーリーの期間中は買物をすると縁起が良いとされ、特に耐久消費財の需要が増えます。自動車、家電業界などではこの時期をかき入れ時として販売に力を入れているようです。
この期間、郵便局や会社は休みとなります。

このお祝いのメインになるのは、
ヒンドゥー教の最も高い位の神様の一人とされる
「ヴィシュヌ」の妻の「ラクシュミー」です。

この日の前日、インドの人々は断食をします。
そして、1日目は「ダンテーラス」といい、
「ダン」は富を意味し、「テーラス」は13日目という意味があります。
インドの人々は、この日に、結婚式の日取りを
決めたり、高価なものの買い物をする習慣があります。
他には、台所用品をこの日に購入するのも縁起がよいとされています。
二日目は、「ナラクチャトゥルダシー」と呼ばれ、
少しのディーヤという灯かりを灯し、
ディワーリーの準備を始めます。
三日目は、
ラクシュミーに祈りを捧げる日です。
そして、この三日目は、北インドではディワーリーの当日と
されていて、この日は、家中にディーヤを灯し、
プージャーと言う祭礼を行います。
そのため、花火や爆竹もなりかなりの賑わいを見せるようです。
そして4日目はヒンドゥー暦の上でのお正月にあたり、
これは「パルワー」などと呼ばれています。
5日目は、「バーイー・ドゥージ」と言い兄弟や姉妹の健康や幸せを祈る日です。
1月1日に聖者のアシュラムにいたことも何度かありますが、この日はインドではあまり盛り上がりません。
ただ、新年といっても西洋暦の1月1日のことではなく。たいていは10月末から11月初めのインド歴の第七番目の月の初めの日になります。この日は新月と重なります。

(また、この日は、ジャイナ教の開祖マハーヴィーラが究極の悟りを開いた日だともいわれています)
お祭りが大好きなインドでも3大祭りの一つに上げられています。そして光の祭典として有名です。
ディーワーリーの期間中は買物をすると縁起が良いとされ、特に耐久消費財の需要が増えます。自動車、家電業界などではこの時期をかき入れ時として販売に力を入れているようです。
この期間、郵便局や会社は休みとなります。

このお祝いのメインになるのは、
ヒンドゥー教の最も高い位の神様の一人とされる
「ヴィシュヌ」の妻の「ラクシュミー」です。

この日の前日、インドの人々は断食をします。
そして、1日目は「ダンテーラス」といい、
「ダン」は富を意味し、「テーラス」は13日目という意味があります。
インドの人々は、この日に、結婚式の日取りを
決めたり、高価なものの買い物をする習慣があります。
他には、台所用品をこの日に購入するのも縁起がよいとされています。
二日目は、「ナラクチャトゥルダシー」と呼ばれ、
少しのディーヤという灯かりを灯し、
ディワーリーの準備を始めます。
三日目は、
ラクシュミーに祈りを捧げる日です。
そして、この三日目は、北インドではディワーリーの当日と
されていて、この日は、家中にディーヤを灯し、
プージャーと言う祭礼を行います。
そのため、花火や爆竹もなりかなりの賑わいを見せるようです。
そして4日目はヒンドゥー暦の上でのお正月にあたり、
これは「パルワー」などと呼ばれています。
5日目は、「バーイー・ドゥージ」と言い兄弟や姉妹の健康や幸せを祈る日です。
1月1日に聖者のアシュラムにいたことも何度かありますが、この日はインドではあまり盛り上がりません。
2011年12月20日
ダーキニー(荼枳尼)
ダーキニー(荼枳尼)は、もともとインドで登場する密教系の神様です。
ダーキニーはインドの後期密教においては、タントラやシャクティ(性力)信仰の影響で、裸体で髑髏(どくろ)などを持つドウルガー系女神の姿で描かれるようになっています。
密教系の修行では中心的な護法神であり、秘密集会タントラではダーキニーとの性交を瞑想するヨーガが秘伝の修業となっています。
行者は智慧の象徴であるダーキニーと交わりグヒヤサマージャ(秘密集会)と化し仏の境涯である倶生の大楽にまで高めるのです。
チベット
後期密教を取り入れたチベットでは、ダーキニーはカンドーマ(空行母)とも呼ばれ修行の重要な位置を占めます。
私の一番縁のあるダーキニーは無上瑜伽タントラの曼荼羅のなかにあります。
またチベット埋蔵経典の『死者の書』にも多くのダーキニーが登場します。
代表的なものとしては、チャクラ・サンヴァラ(最勝楽)の明妃ヴァジュラ・ヴァーラーヒー(金剛亥母)、
へーヴァジュラ(呼金剛)の明妃ナイラートマー(無我女)、
カーラ・チャクラ(時輪金剛)の明妃ヴィシュヴァ・マーター(一切母)などが有名です。
中でも猪の頭を側頭部に持ち、そこから発する鋭い叫び声で幻影を打ち砕くというヴァジュラ・ヴァーラーヒーは単独でも多くの信仰を受けています。
以上は前ふりで、・・と言うことで (とよかわだきにしんてん)にいってきました。(豊川稲荷のことです)

「だきに」とは上記した以上のいろいろな言われがあります。
もともとはインドのカーリー女神の眷属です、向こうでは狐ではなく、ジャッカルに乗って居られたようです。
体育会系のメンバーと豊川稲荷のご本殿でご祈祷をしてもらいました。

普段騒がしい連中もさすがに神妙にしていました。
以後、このパターンでいけば寿命が減らずにすみそうです。

追、2枚目の写真中央に呼んでもいないのに、修行僧カットのプロゴルファーが写ってしまいました。
そのため遠景にしてあります。
ダーキニーはインドの後期密教においては、タントラやシャクティ(性力)信仰の影響で、裸体で髑髏(どくろ)などを持つドウルガー系女神の姿で描かれるようになっています。
密教系の修行では中心的な護法神であり、秘密集会タントラではダーキニーとの性交を瞑想するヨーガが秘伝の修業となっています。
行者は智慧の象徴であるダーキニーと交わりグヒヤサマージャ(秘密集会)と化し仏の境涯である倶生の大楽にまで高めるのです。
チベット
後期密教を取り入れたチベットでは、ダーキニーはカンドーマ(空行母)とも呼ばれ修行の重要な位置を占めます。
私の一番縁のあるダーキニーは無上瑜伽タントラの曼荼羅のなかにあります。
またチベット埋蔵経典の『死者の書』にも多くのダーキニーが登場します。
代表的なものとしては、チャクラ・サンヴァラ(最勝楽)の明妃ヴァジュラ・ヴァーラーヒー(金剛亥母)、
へーヴァジュラ(呼金剛)の明妃ナイラートマー(無我女)、
カーラ・チャクラ(時輪金剛)の明妃ヴィシュヴァ・マーター(一切母)などが有名です。
中でも猪の頭を側頭部に持ち、そこから発する鋭い叫び声で幻影を打ち砕くというヴァジュラ・ヴァーラーヒーは単独でも多くの信仰を受けています。
以上は前ふりで、・・と言うことで (とよかわだきにしんてん)にいってきました。(豊川稲荷のことです)

「だきに」とは上記した以上のいろいろな言われがあります。
もともとはインドのカーリー女神の眷属です、向こうでは狐ではなく、ジャッカルに乗って居られたようです。
体育会系のメンバーと豊川稲荷のご本殿でご祈祷をしてもらいました。

普段騒がしい連中もさすがに神妙にしていました。
以後、このパターンでいけば寿命が減らずにすみそうです。

追、2枚目の写真中央に呼んでもいないのに、修行僧カットのプロゴルファーが写ってしまいました。
そのため遠景にしてあります。
Posted by 服部歯科医院 at
16:09
│Comments(0)
2011年12月14日
さらに奇妙なくみあわせ
さらに奇妙な組み合わせ
前日の飲み会は突然決まったのですが、その翌日は土曜日、だいぶ前から飲み会の予定になっていました。
治療師軍団の一人が勝手に私の予定に組み込んでいたようです。(しかも、泊り込みです(´∩`。)グスン))
修行僧カットのプロゴルファーにそのことをうっかりしゃべってしまいました。・・珍しく時間が空いていた当人は当然のように・・参加しまっす・・といいました。
この日のメンバーはみんな整体系の治療師軍団です。
全員体育会系なので立派な体格をしています。
メンバーは
・ 以前ブログで紹介した・くまゴロー先生(おとなしくずーっとお酒を飲んでいます。お酒にかんしてメンバー最強です。)
・ 武道、格闘技系に長けた、U松先生、性格も肉体もとてもパワフルです。本人も相当武道系強者だったようですが、現在は心を入れ替えて、オリンピック選手や、いろいろなプロスポーツ選手を治療しています。(力をもてあまして困ると、はるばる私をいじめに来ます)
・ 存在感がないというキャラクターで売り出し中のS友先生、イベントの出席率があまりにもよいので、存在感がないのが存在感になってきました。
・ どんなに寒くてもTシャツ1枚で平気なT岡先生。今年ヒマラヤの麓に連れて行って以来UFO(未確認飛行物体)と縁ができ、頻繁にUFOのビデオ撮影ができるようになりました。
・ 後は私と修行僧カットのプロゴルファーの予定だったのですが、いつも勝手な行動をとる修行僧カットのプロゴルファーが勝手にもう一人呼んでしまいました。
・ 何でもよく食べ、よく笑う女子プロゴルファーのH賀さんです。彼女の声はよく通るので、ゴルフ場ではロングホールの端から端までよく聞こえます。当面、大笑い系の女子プロゴルファーと呼ぶことにしました。
(お笑い系・・ではありません、念のため)

宿泊した部屋からは美しい夕日と高速道路の向こうに太平洋が見えます。
この日のメンバーのうち6人は以前に、20名ほどで「インドジャイナ教ツアー」を出したときの参加者でした。
集まったのは偶然ですが縁を感じます。
おまけにこの日は夜半に皆既月蝕が起こる日でした。
夕方からお酒を飲み始め、夕食を食べ、天空の皆既月蝕を首が痛くなるほど堪能した後、
パワーが有り余っているメンバーは、さらにパワーアップし、
日が変わる頃、ラーメンを食べにタクシーで連れ出されました。・・・
(オレは体育会系じゃーねーんだー)( ̄△ ̄;)ムッ! ( ̄" ̄;)
前日の飲み会は突然決まったのですが、その翌日は土曜日、だいぶ前から飲み会の予定になっていました。
治療師軍団の一人が勝手に私の予定に組み込んでいたようです。(しかも、泊り込みです(´∩`。)グスン))
修行僧カットのプロゴルファーにそのことをうっかりしゃべってしまいました。・・珍しく時間が空いていた当人は当然のように・・参加しまっす・・といいました。
この日のメンバーはみんな整体系の治療師軍団です。
全員体育会系なので立派な体格をしています。
メンバーは
・ 以前ブログで紹介した・くまゴロー先生(おとなしくずーっとお酒を飲んでいます。お酒にかんしてメンバー最強です。)
・ 武道、格闘技系に長けた、U松先生、性格も肉体もとてもパワフルです。本人も相当武道系強者だったようですが、現在は心を入れ替えて、オリンピック選手や、いろいろなプロスポーツ選手を治療しています。(力をもてあまして困ると、はるばる私をいじめに来ます)
・ 存在感がないというキャラクターで売り出し中のS友先生、イベントの出席率があまりにもよいので、存在感がないのが存在感になってきました。
・ どんなに寒くてもTシャツ1枚で平気なT岡先生。今年ヒマラヤの麓に連れて行って以来UFO(未確認飛行物体)と縁ができ、頻繁にUFOのビデオ撮影ができるようになりました。
・ 後は私と修行僧カットのプロゴルファーの予定だったのですが、いつも勝手な行動をとる修行僧カットのプロゴルファーが勝手にもう一人呼んでしまいました。
・ 何でもよく食べ、よく笑う女子プロゴルファーのH賀さんです。彼女の声はよく通るので、ゴルフ場ではロングホールの端から端までよく聞こえます。当面、大笑い系の女子プロゴルファーと呼ぶことにしました。
(お笑い系・・ではありません、念のため)

宿泊した部屋からは美しい夕日と高速道路の向こうに太平洋が見えます。
この日のメンバーのうち6人は以前に、20名ほどで「インドジャイナ教ツアー」を出したときの参加者でした。
集まったのは偶然ですが縁を感じます。
おまけにこの日は夜半に皆既月蝕が起こる日でした。
夕方からお酒を飲み始め、夕食を食べ、天空の皆既月蝕を首が痛くなるほど堪能した後、
パワーが有り余っているメンバーは、さらにパワーアップし、
日が変わる頃、ラーメンを食べにタクシーで連れ出されました。・・・
(オレは体育会系じゃーねーんだー)( ̄△ ̄;)ムッ! ( ̄" ̄;)
